仕事のメールで学ぶ聖書の読み方 第8回:会社の文化

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第8回:会社の文化

――「業界の常識」を知らずに、そのメールを読んでいませんか?(歴史・文化的背景)

1. 【メールの現場】:他社の「当たり前」は、自分の「非常識」

別の会社の人とやり取りをしているとき、ふとした言葉に違和感を持つことはありませんか?

例えば、こちらの会社では「至急」と言えば「1時間以内」を指すけれど、相手の会社では「今日中」のことだったり。あるいは、フラットな社風の会社では「カジュアルな提案」のつもりで送ったメールが、上下関係の厳しい会社では「失礼千万な越権行為」と受け取られたり。

私たちはメールを読むとき、知らず知らずのうちに、自分の所属する「会社の文化」という色眼鏡で相手の言葉を裁いています。でも、相手には相手の「業界の常識」や「組織のルール」がある。そこを理解せずに自分の物差しだけで読むと、コミュニケーションはあっという間に決裂してしまいます。

2. 【釈義のメス】:「聖書という会社」の社風を知る

聖書を読むときも、私たちは「21世紀の日本」という会社の文化を無意識に持ち込んでしまいます。しかし、聖書が書かれたのは数千年前の中近東。そこには現代とは全く違う「社会のルール」がありました。

釈義において、この「歴史的・文化的背景」を知ることは、いわば「取引先の業界研究」をするようなものです。

  • 名誉と恥: 現代の「損得」よりも「メンツ」が重んじられた社会。
  • 家父長制: 現代の「個人主義」とは違う、家族や一族という単位の考え方。
  • 宗教的慣習: 汚れ、清め、安息日といった当時の人々の「当たり前」。

「なぜこんな言い方をするんだろう?」と首を傾げたとき、それは自分の常識が通じない「別の文化」の言葉であることを思い出す必要があります。

3. 【聖書のケーススタディ】:「上着」を貸すのは、ただの親切か?

では、当時の「文化」を知らないと意味を完全に見失ってしまう、イエスの有名な言葉を見てみましょう。

「あなたを告訴して下着を取ろうとする者には、上着をも取らせなさい。」(マタイによる福音書5章40節)

  • 「現代の常識」による誤読: 「神様は、どれだけ理不尽な要求をされても、自分を犠牲にして全部差し出しなさいって言ってるんだ。究極のお人好しになれってことかな……」
    これを「ただの親切」として読むと、なんだか弱腰なアドバイスに見えます。でも、当時の文化という「社風」を知ると、驚くべき意図が見えてきます。
  • 「当時の文化」による読み方: 当時のユダヤ社会では、貧しい人にとって「上着」は寝具も兼ねる命の次に大事なものでした。それを担保に取ることは法律で禁じられていたほどです。
    つまり、相手が「下着」を奪おうとしたとき、自分から「上着(全財産)」まで脱いで渡すということは、相手の不当な要求を白日の下にさらし、相手を「恥」のなかに追い込むという、高度な非暴力の抵抗だったんです。
    ビジネスでも、理不尽な条件を突きつけてくる相手に、あえて「これも差し上げましょうか?」と過剰にオープンに振る舞うことで、相手のあざとさを周囲に露呈させる戦術がありますよね。当時の「名誉と恥」の文化を知らなければ、このイエスの「鋭いカウンター」は、単なる「無抵抗な弱者の言葉」に誤読されてしまうんです。

4. 【鏡としての問い】:自分の「社識」を神様に押し付けていませんか?

さて、私たちは聖書を読むとき、現代の「効率」や「コスパ」や「損得感情」という物差しで、神様を採点していないでしょうか。

「今の神様のやり方、うちの会社のコンプライアンス的にはアウトですよ」

そんなふうに、自分の狭い常識という「社内規定」に神様を当てはめて、神様のスケールの大きな愛や、時には理解しがたい厳しさを「間違い」だと決めつけていないでしょうか。

神様は、私たちの会社の社員ではありません。 私たちのルールを超えた、はるか高い次元の「文化」を持って語っておられます。

自分の常識を一度「ログアウト」させて、神様が生きている世界のルールを学ぼうとすること。 「おかしいな」と感じたときこそ、自分の物差しを疑ってみること。 異文化を尊重するビジネスマンのように、謙虚に神様の国の「社風」に耳を傾けるとき、聖書はあなたの凝り固まった常識を壊し、新しい世界へと連れ出してくれるはずです。

今日の振り返り: あなたが「不合理だ」「あり得ない」と感じている聖書の一節。 それは、あなたの「現代の常識」という物差しが短すぎるせいではありませんか? 当時の人々にとって、その言葉がどれほど「衝撃的」あるいは「救い」だったのか、一歩踏み込んで想像してみてください。

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この記事を書いた人

カトリック教会司祭。
愛媛県松山市出身

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