仕事のメールで学ぶ聖書の読み方 第7回:メールの沈黙

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第7回:メールの沈黙

――「書かれていないこと」もメッセージです(沈黙の意味)

1. 【メールの現場】:返信が来ない、という強力な返信

仕事をしていて、一番不安になるのはどんな時でしょうか。 厳しいダメ出しをされた時? それとも、無理難題を押し付けられた時?

実をいうと、一番こたえるのは「返信が来ないこと」ではないでしょうか。 こちらが必死に書いた提案メールに対して、一晩経っても、二日経っても、既読はついているのに返事がない。あるいは既読すらつかない。

この「沈黙」は、時としてどんな言葉よりも雄弁です。「今は時期尚早だ」という拒絶かもしれないし、「自分で考えなさい」という突き放しかもしれない。あるいは、言葉にできないほどの深い配慮かもしれません。 私たちはメールの「文字」を読むのと同じくらい、その裏にある「沈黙」の意味を必死に読み取ろうとしているはずです。

2. 【釈義のメス】:空白もまた「テクスト」である

聖書を読む際、私たちは「何が書いてあるか」にばかり注目してしまいます。しかし、釈義において同じくらい重要なのが「何が書かれていないか」に注目することです。

聖書の著者たちは、神様のすべてを書き尽くそうとしたわけではありません。あえて詳細を省いたり、登場人物の心理描写を飛ばしたりすることがよくあります。

  • 空白の意図: 読者の想像力に委ね、自分自身の問題として向き合わせる。
  • 神の沈黙: 祈っても答えがないという状況そのものが、深い教育的な意味を持つ。

「書いていない=意味がない」のではありません。むしろ、書かれていない空白の部分にこそ、神様とあなたとの「一対一の対話」が隠されていることがあるんです。

3. 【聖書のケーススタディ】:イエスはなぜ、地面に指で書いたのか

では、聖書の中で最も有名な「沈黙」のシーンを見てみましょう。姦通の現場で捕らえられた女性を、人々がイエスの前に連れてきて「石で打ち殺すべきか」と詰め寄る場面です(ヨハネ8章)。

イエスは彼らの問いに対して、すぐには答えませんでした。

「イエスはかがみ込み、指で地面に何か書き始められた。」(ヨハネによる福音書8章6節)

  • 「情報の不足」として読む誤読: 「何を書いたか書いていないなんて、不親切な記録だな。そこが一番大事なのに!」
    私たちはついつい「正解(何を書いたか)」を知りたがります。でも、聖書はそれをあえて伏せています。
  • 「沈黙のメッセージ」として読む読み方: ここで重要なのは、何を書いたかではなく、イエスが「沈黙を選んだ」という事実です。 殺気立つ群衆の怒号の中で、イエスが黙って地面に指を動かす。その数分間の「静寂」こそが、人々が自分自身の罪に気づくための、何よりも雄弁な説教でした。
    ビジネスでも、怒っている相手に対してあえて沈黙を守ることで、相手の冷静さを取り戻させることがありますよね。聖書の沈黙は、私たちを「情報の消費」から「自分への内省」へと引き戻す、神様の高度なコミュニケーションなんです。

4. 【鏡としての問い】:「返信」がないと、神様を疑っていませんか?

さて、私たちは自分の人生というメールボックスに、神様からの返信が届かないとき、どう反応しているでしょうか。

「一応確認やけど、神様、私の祈り既読スルーしてへん? ちゃんと仕事してや」

そんなふうに、神様の沈黙を「怠慢」や「不在」だと決めつけて、自分の思い通りの答えを無理やり引き出そうとしていないでしょうか。

沈黙は、無視ではありません。 神様が何も語らないとき、それはあなたに「言葉を超えた何か」を伝えようとしているサインかもしれません。あるいは、あなたが自分自身の心の中にある「騒がしい声」を静めるのを、じっと待っておられるのかもしれません。

書かれた文字を追うだけが聖書の読み方ではありません。 文字と文字の間の余白に身を置いて、神様の「沈黙」に耳を澄ませてみること。 返信が来ない不安な夜に、それでも「この沈黙にも意味がある」と信頼してみること。 そこから、あなたの本当の信仰が始まっていくのではないでしょうか。

今日の振り返り: あなたが「答えが得られない」と悩んでいるその問題。 神様が語っていないことに、どんな意図があるのか想像してみてください。 その「空白」のなかで、あなた自身の心は、何を叫んでいますか?

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この記事を書いた人

カトリック教会司祭。
愛媛県松山市出身

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