この箇所は、大きく3つのストーリーに分けて読むと、イエスの意図がとてもよく見えてきます。
目次
1. イエスの動機:群衆への深い憐れみ(9:36–38)
すべての始まりは、イエスが群衆を見たときに抱いた「憐れみ(あわれみ)」の感情でした。
- 「飼い主のいない羊」のような人々当時の民衆は、宗教指導者たち(ファリサイ派など)から律法の重荷を課せられ、精神的にも霊的にも疲れ果て、弱り切っていました。イエスは彼らを、導き手のない迷える羊のように思い、胸を痛められたのです。
- 「祈り」から「行動」へイエスは、救いを待っている人々を「熟した収穫物」に例え、「働き手を送ってくださるよう、収穫の主に願いなさい」と弟子たちに祈りを促します。おもしろいのは、この祈りを命じた直後に、イエスは弟子たち自身を「働き手」として送り出す点です。祈りは、ただ待つだけでなく、自分自身が神の手足となる備えをさせるものだったのです。
2. チームの結成:12人の使徒の任命(10:1–4)
10章に入ると、イエスは「弟子(学ぶ者)」の中から、特別な権能を与えられた「使徒(遣わされる者)」として12人を選び出します。
なぜ12人なのか?
イスラエルの「12部族」を意識しています。神の民の新しいリーダー、新しいコミュニティの始まりを象徴しています。
ここで名前が挙げられているメンバーの顔ぶれを見ると、当時の常識からは考えられないような「多様すぎる(悪く言えばバラバラな)チーム」であることがわかります。
- 漁師(ペトロ、アンデレなど普通の労働者)
- 徴税人(マタイ。当時はローマの手先として嫌われていた職種)
- 熱心党のシモン(ローマ帝国を武力倒壊させようとしていた過激派の民族主義者)
- 後にイエスを裏切るイスカリオテのユダ
本来なら、徴税人と熱心党が同じ部屋にいれば殺し合いが起きてもおかしくない組み合わせです。そんな社会的な背景も思想もバラバラな人間たちが、イエスという一点において一つのチームにされていることに、聖書の深いメッセージがあります。
3. ミッションのスタート:派遣と宣教の心得(10:5–8)
イエスは12人を送り出す際、具体的な作戦指示(ミッション)を与えます。
- まずは「イスラエルの家の失われた羊」へ
この時点では、異邦人(ユダヤ人以外)の町には行くなと命じています。これは差別ではなく、神の救いの計画の「順番」です。まずは旧約聖書からの約束の民であるユダヤ人に福音を届け、その後に世界へと広げていくためのファーストステップでした。 - メッセージはシンプルに
伝えるべき言葉は「天の国は近づいた」。言葉だけでなく、病人をいやし、死者を生き返らせ、悪霊を追い出すという「行動(癒やし)」をセットで行うよう命じます。神の支配がすでにここに届いていることを、体感させなさいということです。 - ただで受けたのだから、ただで与えなさい
最も大切なのがこの言葉です。弟子たちが得た癒やしの力や罪の許しは、自分たちの努力やお金で買ったものではなく、神からの100%の恵み(ギフト)です。だからこそ、それを人々に分かち合うときも、報酬を求めたり、商売にしてはならない。神の愛のパイプ役に徹しなさい、という教えです。
まとめ:この箇所が私たちに伝えること
この箇所は、現代の私たちにも重要な視点を与えてくれます。
- 「憐れみの目」を持つこと: 周りの人々の孤独や疲れを、イエスのような優しい視点で見つめているか。
- 違いを乗り越えること: 背景の違う者同士が、共通の目的(愛と福音を伝えること)のために一つに集められていること。
- 恵みの循環: 自分が受けた優しさや恵みを、惜しみなく次の人へ「ただで与えていく」こと。
